私は、クルド難民弁護団事務局の弁護士大橋毅です。
当弁護団は、1997年2月に発足し、トルコ国籍クルド人難民申請者らの法的援助を行っています。
1997年7月以降、我々の依頼者のうち16人が、難民認定手続中であるにもかかわらず、東京入国管理局によって収容されるという事態に遭いました。
現在も、茨城県牛久市にある法務省東日本入国管理センターの収容所に、依頼者がひとり収容されています。彼は、日本政府から難民と認められず、現在裁判で争っています。彼の名をS・Eと表記することにします。
彼は1998年10月9日から今日まで、収容され続けています。難民であるかどうかの決着がつく前に、このように長期間収容することは問題があります。また収容の手続にも、問題があります。
そこで、彼を解放するために人身保護請求という手続をしました。
人身保護請求手続は、違法な身体拘束から助けるための制度です。裁判はまず東京地方裁判所で行われ、請求が棄却されたので最高裁判所に特別抗告をしました。結果は敗訴でした。
その裁判の、私の人身保護請求書・同補充書・証拠一覧及び争点整理書面と、相手方(法務省東日本入国管理センター所長)の意見書、並びに裁判所の決定書きを、ここに公表します(ただし、S・Eの経歴と政治活動に関する記載は省略しました。彼の身分と行動がトルコ大使館に特定されることはできるだけ避けたいのです。)。
裁判の結果は、間違っていると私は思います。
しかし、ただ結果が間違っているから公表に踏み切るわけではありません。
東京地方裁判所の裁判官は、私の主張したことがらのほとんどを、握りつぶしました。裁判で判断しなかったのです。それのみか、裁判書きに記載された私の主張の要約自体に、私の主張したはずのことが書いていないのです。そのことは、私の特別抗告理由書の第二項に書いてあるので、お読みください。特に、「収容前置主義と収容謙抑主義に関する争点整理(下のリストの8、)」という私の書面と、東京地方裁判所の決定書きの私の主張の要約とを、対照してみていただけると、わかりやすいと思います。
さらに東京地方裁判所の裁判官は、S・E本人の証言を一切聞かず、公開の法廷を開かないまま、決定を下しました。この点について、特別抗告理由書第一項に書いてあります。この点については、これでは裁判を受けたことにならない、憲法の保障する裁判を受ける権利の侵害だ、と最高裁判所に訴えました。最高裁判所の回答は、それは法律違反の問題であって憲法違反の問題ではないから最高裁は判断しない、というものでした。
S・Eを解放するための裁判は、判断されず、公開されず、記録に残されず、終わらされてしまいました。
それを許すことができないので、この場を借りて公表することにさせていただきました。
S・E が難民として認められるための裁判は、今も続いています。
なお、本件の請求者は私個人名ですが、弁護団としての活動であり、主張の内容たる法理論も、私のみの手によるものでなく、弁護団としての蓄積に基づくものであり、特に児玉晃一先生の寄与があります。入力に協力してくれた青木さんと河合さんにも感謝します。
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池袋市民法律事務所
弁護士 大橋 毅(to21709@pat.hi-ho.ne.jp)
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