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ハゲから逃げたい

オトコなら誰でも。恐怖の不文律

フケて見える原因。男性の場合は「髪の毛」なんだそうです。
少々顔がシワっぽくても、髪の毛がフサフサしていれば年齢を感じさせない。
ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が68歳なんて、とても思えませんものねえ。
大事な髪の毛を守りたいけれど、その方法はあるのでしょうか。


男性型脱毛症の原因は


 男性型脱毛のメカニズムに関する科学的な成果は、20世紀の末まではほとんどなかった。男性型脱毛を引き起こす主原因は男性ホルモン。現在では常識になっているが、その立証自体は実は古い。
 42年、米国の医師J.B.ハミルトンは逮捕されたレイプ犯を去勢した。犯人は一卵性双生児だったのだが、去勢刑が行われた弟はフサフサだったのに対して、兄はツルツルになった。同じ遺伝子を持つ両者でも、男性ホルモンの主生産工場をストップすれば、男性型脱毛は進行しないことを立証したのである。
 しかし、男性ホルモンがどのようなメカニズムで男性型脱毛を引き起こすのかは長い間、皆目わからなかった。医学が命を脅かす病気や感染症と闘っていた時代に、脱毛症の研究など注目されることもなかった。
 ハゲを直せたらノーベル賞もの。多難さがアピールされながら、髪によいとされる奨励だけは行われてきた。ミネラルが不足するからワカメがいい。頭皮の血行が悪いからマッサージがいい。頭皮の油が悪いから清潔にすればいいが、ホームレスの人に薄毛が少ないのはなぜだ。メカニズムの根本がわからない以上、仮説としかいいようのない方法が、半信半疑のままに伝えられてきたのだ。

男性型脱毛は生えないのではなく毛周期の異常

 現在では毛の成長のメカニズムがかなり詳細になってきた。
 毛が作られるのは表皮から5ミリほど陥没した毛包という袋状の組織で、毛包の底には毛の指令塔というべき毛乳頭がある。周囲にある毛母細胞が毛乳頭の指令を受けて分裂を繰り返し、毛が伸びていく。そして、毛包には3〜7年程度のサイクルで成長・退行・再生を繰り返す『毛周期』をもっている。
「男性型脱毛とは毛周期に異常を起こしてしまうことです。成長期が短くなって、毛髪が細く短いままで退行期に入ってしまうのです。ですから、男性型脱毛の人の頭皮はツルツルなのではなく、産毛のような髪が生えています」(大手化粧品メーカー ライフサイエンス研究センター)。
 男性型脱毛とは髪が生えなくなることではなく、毛が十分に発達できないままに抜けていくことなのだ。この状態が長く続けば、最終的には毛包もなくなってしまう。
 男性ホルモンが毛周期を狂わせる作用もわかってきている。毛深い人は禿げやすい。性欲旺盛な人は禿げやすい。まことしやかに言われてきたことは、メカニズムの解明と共にすべて否定されている。男性型脱毛症と男性ホルモンの量は関係がナイのだ。
「体内の男性ホルモン濃度の個人差はごく小さいのです。多い人ほど禿げるとはいえません」(脱毛クリニック院長)
 男なら誰でも平等に体内に男性ホルモンを持っている。そして、男性ホルモンはヒゲや体毛などのレセプター(受容体)に結合すると毛を濃くする働きがある。それに対して、なぜか前頭部生え際から頭頂部の毛髪には薄くなるように働くのだ。

酵素で活性化したテストステロンが男性型脱毛を起こす

 では、禿げる人とそうでない人の違いはなにか。それは男性ホルモンを活性化させる酵素の差ではないかと考えられている。
「男性ホルモンの中でも、テストステロンが5αリダクターゼという酵素と結合するとジヒドロテストステロン(DHT)という強力な男性ホルモンに変化します。これが前頭部や頭頂部の毛乳頭にある男性ホルモンレセプターに結合すると、毛包を退行期へ移行させるようです。また、DHTに対するレセプターの感受性に個人差があるのではないかとも考えられています」(脱毛クリニック院長)
 テストステロン自体は無害。DHTが毛髪の成長期を短くし、毛包を収縮させてしまうのだ。このことはテストステロンの分泌が活発な20代前半では脱毛が起こらず、加齢とともに男性型脱毛が増えることからもわかる。また、生まれつき5αリダクターゼを持たない欠損症の人は男性型脱毛は起きないとされている。男性型脱毛の改善とはDHTで狂った毛周期を正常に戻すことなのだ。
 DHTは中高年に多い前立腺肥大を引き起こす要因だが、この治療薬が男性型脱毛の治療薬にもなっている。生活改善薬の先進国である米国で、FDA(日本の厚労省)が97年に認可した発毛効果を認めた薬。メルク社が開発した『プロペシア』(処方箋薬)である。その有効成分であるフィナステライドは、テストステロンをDHTに変える2種類の5αリダクターゼのうち2型を阻害し、その産生を抑制する。フィナステライドを服用した前立腺患者たちの男性型脱毛が改善したのが、きっかけだった。ちなみに、1型の5αリダクターゼは皮脂腺において優勢、2型は前立腺や毛嚢から発見されている。
「プロペシアは1日1回0.2mgか1mgを投与する経口剤です。個人差はありますが、発毛は期待できます。この薬は男性ホルモンの分泌自体には影響を与えませんが、活性型のDHTが減るために、まれに性欲の減退などの副作用がでる人もいます」(脱毛クリニック院長)
 発表によれば、フィナステリドを1日1mg投与すると、DHTの活性を約55%抑制する。5年間の調査研究では、フィナステリドを服用した男性の9割に効果が認められたという。
 フィナステライドは現在、世界62カ国で承認を受けており、日本では万有製薬が06年12月から処方せん薬として発売している。

DHTの影響を断ち切る研究が進められている

 テストステロンが5αリダクターゼと結合してDHTに変わり、DHTが毛母細胞の男性ホルモンレセプターに結合して毛周期に異常をきたす。フィナステライドの薬効は、この一連の連鎖をどこかで断ち切れば、男性型脱毛は抑えられることを証明しているわけである。だが、飲み薬は全身に影響がでる。フィナステライドの副作用として、性欲の減退、また肝臓に疾患をもつ人は服用すべきでないとされている。フィナステライド服用中は献血をしてはならないし、男性胎児に対して深刻な先天奇形を来たす危険があるため、妊娠している女性や妊娠可能な年齢の女性は触れるのも避けなければいけない。
 日本の育毛剤メーカーもこの脱毛の連鎖に着目した研究を進めているが、全身性の副作用の可能性がある5αリダクターゼの阻害ではなく、DHTと毛包内の成長因子の研究に注目が集まっている。
 花王が独自に分子設計した育毛成分t-フラバノンは、DHTが受容体に結合した後のメカニズムに働きかけ、レセプターが放出する発毛抑制シグナルTGF-βの作用を弱める働きを持つ。TGF-βとは強力な増殖抑制因子で、細胞のアポトーシス(自殺)を調節する作用をもった物質である。
「毛組織内の男性ホルモンの働きはまだ謎が多いのですが、本来男性ホルモンは髪を太くする作用があるのです。若い男性の髪が女性より太いのは男性ホルモンを受け取った毛乳頭細胞が、毛母細胞に成長のサインを送るからと考えられます。ところが、同じメカニズムの中で、なぜかDHTは抑制に働く伝達物質TGF-βを放出させるのです」(花王 パーソナルケア事業本部) 
 TGF-βの生産が亢進すると、毛母細胞のアポトーシスを誘導し、毛が未熟な段階で退行期に移るのではないかと考えられている。

遺伝子解析で発毛に関係する遺伝子の発現を発見

 ライオンは遺伝子解析技術を取り入れて、毛髪の発毛を促す2種類の遺伝子を特定したと発表している。徳島大との共同計画で、発毛を促す遺伝子を特定したのは世界で初めてのことである。
「男性型脱毛を起こしている人と、そうでない人の毛乳頭細胞を調べた結果、脱毛している人はBMPとエフリンというタンパク質を作る遺伝子の働きが極端に低下していることがわかりました」(ライオン・ビューティケア事業本部 山本万記也氏)
 BMPは骨形成を促すタンパク質、エフリンは血管を作ることを促すタンパク質だが、男性型脱毛を起こしている人のBMPは通常の100分の4、エフリンは100分の1しか働いていなかったという。
「これをうけてBMPとエフリンを作る遺伝子の働きを活性化させる物質を調べたところ、植物成長促進物質の6-ベンジルアミノプリンが有効であることがわかりました」(ライオン広報)
 男性型脱毛は最終的にTGF-βなどの発毛抑制シグナルで起こると見られているが、一方で毛母細胞内には、脱毛シグナルが働かないように抑制するbclというタンパク質を作る遺伝子があることもわかっている。6-ベンジルアミノプリンはbclにも働きかけて活性化するという。

脱毛の完全解明はまだ先。だが、有効な薬剤が揃いつつある

 これまでの育毛法は的確な対処法とはいえないままに一人歩きしてきた。だが、最新の育毛剤には科学的な裏付けがあり、効果が期待できる。
「男性型脱毛は一種の老化現象です。髪を元に戻すことは若返らせることですから、なかなか難しい。さらに、生活習慣やストレスなど、多くの因子が絡んで起こるので治療もやっかいです。現状では完全回復はまだ難しいですが、薬剤を使い、その人の脱毛の原因を取り払ってやれば、ほとんどの人が発毛するレベルにきています」(脱毛クリニック院長)
 毛周期の制御メカニズムはまだ解明されていない点が多く、さらなる遺伝子レベルでの解析や、これまでとは違うアプローチでの研究が待たれる。だが、現状でも抜け毛対策に有効な薬剤は出そろってきている。根拠のない育毛法に踊らされる時代だけは確実に終わったようである。


デュタステライドは発売されるか

 育毛効果が期待されるニュースは他にもある。
 FDAが認定したグラクソ・クラインスミス社の前立腺治療薬『アボダード』の有効成分デュタステライドは、第2世代の5αリダクターゼ抑止剤である。フィナステライドが2型のみを抑えるのに対し、デュタステライドは1型、2型ともに抑え込む。臨床の結果ではフィナステライド以上の発毛効果が見られたとされている。
「ですが、デュタステライドは脱毛症治療薬としての臨床試験はフェーズ2で打ち切られています。理由は発表されていませんが、海外の情報を見る限り、性欲減退などの副作用が強いようですね」(脱毛クリニック院)
 だが、脱毛症の治療薬としてネット上の「グレー・マーケット」には出回っている。デュタステライドが将来的に脱毛薬として承認を受けるかはわからないが、より強力にDHTをブロックすることは現在でも可能なのである。



男性型脱毛は生活習慣病?

 男性型脱毛症のメカニズムは完全には解明されていないため、様々な憶測がある。男性ホルモンの量に関係ないのなら、男性ホルモン受容体の感度や密度のせいではないか。頭皮の5αリダクターゼの量の個人差ではないか。また、男性ホルモンの過剰ではなく、逆に男性ホルモンの不足がDHTを過剰にし、脱毛させるのではないかという仮説もでてきている。
 男性型脱毛症の原因が遺伝的要因にあることは明白だが、それ以外にも要因があると見られている。日本で第二次世界大戦後に脱毛症が増加したのは、食生活と生活習慣が変化したためではないか、という仮説がある。脂肪摂取量の増加、摂取カロリーの増加、有酸素運動の減少やいろいろな意味での「西洋化」が男性型脱毛症の劇的な増加に関与しているという。また、トランス脂肪や食品添加物などの「毒」が毛穴を詰まらせ、脱毛を促進するという考えもある。また、血中インスリンレベルを下げると、DHTと結合する血中の遊離テストステロンレベルを下げることができるという説もある。

気にしすぎハゲも多数存在する?

 日本で数少ない頭髪治療を行うJクリニックの院長はいう。
「脱毛には円形脱毛や甲状腺ホルモンの異常などもありますが、ウチのクリニックに来る患者さんは男性型脱毛がほとんどです。病気ではなく、一種の老化現象で薄くなっているわけです」
 Jクリニックではフィナステライドの処方やビタミン剤、生活習慣の指導などで約8割の人に発毛がみられている。
「脱毛症が難しいのは、発毛現象がみられても、本人が望むほどではない場合です。第3者の目には治療前よりずっとよくなっているのに、本人は満足しない」
 現状では回復の限界にも個人差がある。その時の満足の度合いもまた、個人差なのだ。そもそも髪の薄さを見極める尺度はなく、薄毛の明確な定義などないのだ。
「髪の量や生え方には個人差があります。クリニックにカップルで来た彼が『僕、髪が薄いんです』って悲痛な顔で言う。診察しても頭皮に問題はないし、毛量も十分ある。どこが薄いと思うのか尋ねたら、彼女を指して『こいつが薄いって言ったから』。彼女はビックリして『なんとなく言っただけなのに、まだ気にしてたの!』なんてね。患者自信が悩みの本質を見失っている。こんな人が多いんです。こうなると髪の毛の問題ではなく、身体醜形障害ですよ」
 自分の姿が醜く見えることを極端に恐れる男たち。洋服にこだわり、眉を整える彼らにとって、髪をなくすことはなによりツライ。
「髪が1本抜けただけで気になって、一日中数えたら40本も抜けていた。先生、助けてください、みたいなね。そういう人は、頭皮に爽快感のあるトニックを出してあげれば、大抵満足するんです」
 鏡に映る自分の姿をみて薄いと落ち込んだり、他人の視線や指摘で精神的に追いつめられる。育毛剤の需要が日本ほど多い国はないという。本人も周囲の人間も髪の毛に極端に反応して、悩みを深くしているのだ。30歳そこそこで薄毛を気にする人は、こういう人が多いと思われる。
「実際に髪が薄くても本人が気にしなければ何の問題もない。強いコンプレックスだったのに、結婚して素敵な奥さんをもらった途端に、気にしなくなる人も多い」
 薄毛の悩みは本質的には心の問題なのだ。そして、薄くなったら二度と回復できなかった時代は過ぎつつある。過敏になって落ち込むほど、無意味なことはない。